建築学部開設記念レクチャーシリーズ

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建築学部開設記念 レクチャーシリーズ 1
No.3 金田 充弘(かなだ みつひろ)氏 講演会
「柔らかい構造」

 工学院大学で4月から開催しております、建築学部開催記念レクチャーシリーズが今回で第3回を数えることとなりました。毎回、新生建築学部の幅広い教育研究領域を代表する、気鋭のプロフェッショナルによるリアルタイムな現場の声を聴くことができ、ご好評をいただいております。
 第3回レクチャーでは、日本を代表する若手構造エンジニアの金田充弘氏をお招きし、6月22日新宿キャンパス アーバンテックホールにおいて開催されました。構造の専門家の講演にあたり、開催当日は本学建築学部の学生をはじめ、建築・構造分野の方々など社会人の方々も多数来場され、200名を超える参加をいただきました。
 金田氏は、カルフォルニア大学バークレイ校で建築を学ばれ、同大学院に進み構造工学科を修了。その後、エンジニアリング・コンサルティング業務を展開するArup Japanにて活躍。メゾンエルメス、富弘美術館、アメリカンウッドデザインアワードを受賞した米原幼稚園など数々の構造設計作品を手がけ、著名建築家とコラボレートしたグローバルな活動を展開しています。
 今回の講演では「柔らかい構造」をテーマとし、「構造へのソフトインストラクション」をコンセプトに展開されました。「構造とは何か?構造エンジニアリングとは何か?」を自身の経験と具体的なエピソードやクイズなども織り交ぜながら、飽きさせない語り口での大変興味深い講演となりました。
 講演後には、本学建築学部の山下哲郎准教授と、西森陸雄准教授を交えたトークセッションが行われました。また会場の参加者とも質問を交えた双方向のコミュニケーションが活発に図られ、参加者の方々の興味の高さが覗える時間となりました。

第3回建築学部開設記念レクチャーシリーズ 金田充弘
開催日時

2011年6月22日(水) 18:00~※終了しました

会場 工学院大学新宿キャンパス 3階 アーバンテックホール(アクセスマップはこちら
講演テーマ 「柔らかい構造」
講演者
金田 充弘

Mitsuhiro Kanada (構造エンジニア・Arup Japanシニアアソシエイト・東京藝術大学准教授)

Mitsuhiro Kanada

-プロフィール -

1970年  東京生まれ
1994年  カルフォルニア大学バークレー校環境デザイン学部建築学科卒業
1996年  同大学大学院土木環境工学科構造工学科修士課程修了
1996年  Arup 入社
1997-1999年
2005-2010年
 ロンドン事務所勤務
2007年-  東京藝術大学美術学部建築科準教授
2002年  第12回松井源吾賞受賞

-主な構造設計プロジェクト -

  • メゾンエルメス(レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ)
  • 冨弘美術館(aat+ ヨコミゾマコト建築設計事務所)
  • 砥用町林業センター(西沢大良建築設計事務所)
  • サラゴサ万博ブリッジパビリオン(ザハ・ハディッド・アーキテクツ)
ナビゲーター
山下 哲郎

Tetsuro Yamashita(工学院大学建築学部建築学科教授)

お問合せ先
工学院大学 建築学部開設記念講演会事務局
電話番号:03-3340-0140
メール:infokenchiku●cc.kogakuin.ac.jp(●を@に直して送信してください)

summary

構造へのソフトイントロダクション

 今回の講演で、構造に対する「かたい」イメージを変えられたら、と思う。大学の2年生くらいまで、構造についてほとんど知らなかった。構造の授業で、好きな並木道の木の実測を行なった。この授業のおかげで難しいイメージを抱かずに、構造の道に入ることができた。
 この仕事で一番重要なのは、ヴィジョンを共有してチームで仕事をすること。最も効率いいものが一番正しいとは思わない。構造だけで最適な解を出しても、それは単なる自己満足で、バランスを考えてものがつくれないと意味がない。

構造設計におけるヴィジョンの共有

 砥用町林業センター(設計:西沢大良建築設計事務所)は、木がランダムに配された印象の建築物。木は屋根面も壁面も45度振っているが、全部直交しているためつくりやすい。4本に1本は、トラスラインと呼ばれる木造の格子梁。4つのトラスラインが交差するところに12個のコントロールポイントがあり、この高さを変えるだけで、かたちを提示するルールをつくった。全員でヴィジョンを共有することが大事。一緒に考えるのが非常に楽しく、チームワークで設計していると感じられた。大事なのは、設計者だけがつくっているのではない、ということ。
 建築、構造、音響、それぞれのいろんな意見を、曲面のままで進めるのは難しい。かたちを共有して、一緒に議論する言葉、ルールが必要となる。台中オペラハウス(設計:伊東豊雄建築設計事務所)では、まず多角形で議論し、それをスムージングによって曲面をつくるという方法を採用した。調整するときは、コントロールポイントを移動させ、多角形を形成し、曲面にする。共有できる言語をもって、かたちを収斂させていった。

建築の骨格=構造?

 建築には様々な骨格があり、いろんな荷重の支え方がある。以前は、変温動物的(壁や窓によって内部空間をコントロール)だったが、近代になって恒温動物的(機能分化され進化)に変化した。両者は、20世紀の終わり頃に統合し始めてきたので、必ずしも機能分化したものばかりではない。
・メゾンエルメス銀座:内骨格
・表参道TOD'S:外骨格/表層が構造

「やわらかい」構造について

 メゾンエルメス銀座(設計:レンゾ・ピアノ)は、すべて基礎に固定されているわけではなく、一部浮き上がっていいようになっている。細長い建物にかかる曲げの力に抗わない、地球と戦わない構造。浮き上がる側の足元に、揺れを吸収する水飴のような粘弾性ダンパーがある。見えないところだが、建築はすべて基礎についていないといけないという考え方を変えると、新しい可能性がでてくる。
 MACHI-YATAIPROJECTのチャックパークはいわゆるファスナー、チャックを使った架構。真ん丸のわっかの両端にファスナーがついている。ファスナーを閉めることによって、場所によっては、トラス的になる。また、別の白いグレーの膜生地による架構。白い部分はフラットで、三角がつくられている。端についているファスナーを閉めていくと、螺旋状にねじれた立体ができていく。
 MACHI-YATAIPROJECTの「浮々庵」はヘリウムで浮かせた四角い風船の屋根。白いひもで屋根をつなぎとめ、カーボンファイバーのロットで水平力を支える。子どもが思いもしない使い方で遊んでくれる。ハプニングにより、天井高を低くしたら使われ方が変わった。
 こどもの隠れ家は、福島の子どもたちのための遊び場をつくるプロジェクト。CreativeforHumanityという団体との共同。完全に仕切ってしまうのではなく、やわらかく仕切って、子どもが遊ぶテリトリーをつくる。家型をV字に開いた枠の間に、伸びる膜が張ってあり、座るベンチ部分に枠を差し構造的に安定させる。膜は仕上げ材としてだけではなく、構造的に効いている。子どもたちは遊びを考えて、いろんなことをやり始める。想像していた以上に、「もの」が「こと」を誘発する。

素材について

 新しい素材ではなく、素材のつくられ方が変わる時に建築が変わると思っている。坂茂さんと参加した、サウジアラビアの砂漠に建つ美術館のコンペでは、砂を躯体に使おうと考えた。砂や土を研究しているフランスの研究者と、風化や凝結などの自然のプロセスを加速する実験を行なった。小さい石みたいなものができるが、実際の建築に使えるレベルではない。砂のように、そこにあるものを使ってつくり、使い終わったらもどすことができないかということを日々考えている。
 アンドレア・モルガンテ/SHIROSTUDIOのRADIOLARIA(卵形に穴があいたような、5m角シェルター)は、3Dプリンターでフルスケールで出力。デジタルなものをそのままデジタルな手法でできてしまうところが面白い。

新しい建築へのアプローチ

 建築は長い間、テクノロジーの最先端だったが、今ではローテク。建築で使っている解析ツールで、建築以外のものが解析されている。
 MindBodyColumnは、アントニー・ゴームリーによる身体が10体、縦に積み上がっている彫刻。アーティストととのコラボは、どこまでやるかという線引きがないので好き。足のところにあるテーパーを首に差し込み10体を積み重ねる。地震大国日本だと、差し込むだけでは無理。接合部の溝から水が流れてきてできるサビも表現の一部となるので、接合部を溶接するのもダメ、ピン接合もダメといわれ、結局焼き嵌め・冷し嵌めで接合した。
 今の建築は、他の分野で進んでいるテクノロジーを借りてくるところに可能性がある。エルメスの場合は、歴史の中からレファレンスをみつけてきた。環境設備のスーパースターが出てくると建築の有り様はかわるのではないか。日本から、日本のテクノロジーで、なにかやりたいと思っている。

デジタルエンジニアリング

 デジタルデザインとはどうあるべきなのか。10~15年前は形態の模索を、5~6年前はかたちと同時に作り方・組み立て方を考えていた。今後は、3Dプリンターが技術的に成熟して、設計したとおりにできるようになる。そのようにしてつくられるものは、いかなるものなのか。
 Serpentinegallery(設計:SANAA)では、建築家、エンジニア、施工会社が、プロジェクトの最初からコスト、パネル割、形態を一緒に考えた。外形に対して、7個のパラメーターによる形態操作モデルを作成し、それを使いながら決めていった。遊びという意味ではなく、設計のためのルールを一緒につくって、ものをつくっていくという意味のゲーム化。

「つくる」システムの再構築

 凄まじい量の模型を製作する日本特有のやり方がある。そこに現れる手垢のようなものが大事だ、という人がいるが、同じようにデジタルのものづくりにも手垢が現れると思っている。構造解析プログラムやシュミレーションも、ルールをつくっているのは人なので、必然的にその人ならではの個性がでる。デザインツールとしてのブレークスルーが、そこに起きる。
 設計する人が施工しないのはおかしい。デジタル、設計、つくることがつながれば、設計者側も、ものをつくる領域へのステップが踏みやすくなる。つくるシステムを一緒に考えられるし、システムの再構築が起きるのではないか。今日の講演で、「構造」に対する意識の中で変わったらよい。構造とは、共有したヴィジョンを一緒にかたちにする仕事である。

座談会 金田充弘/山下哲郎/西森陸雄

 構造を学ぶときに、工学部の建築学科でなかったことがよかった。エンジニアになるなら絶対ハードコアなエンジニアリングをしっかり学ばないと楽しいことはできない。
 デジタルツールは、それ自体が新しいものを生み出すのではなく、ツールという認識があればよい。それによって、手でしかできない部分が洗練される。
 構造系に行ってモテることはまずない!