建築学部開設記念 レクチャーシリーズ 1
No.4 三谷 徹(みたに とおる)氏 講演会
「場のデザイン」
工学院大学で4月から開催しております、建築学部開催記念レクチャーシリーズが今回で第4回をとなりました。毎回、新生建築学部の幅広い教育研究領域を代表する、気鋭のプロフェッショナルによるリアルタイムな現場の声を聴くことができ、ご好評をいただいております。
この度行われた第4回レクチャーでは、ランドスケープデザイナーとして建築家と数々の著名な作品を手がけている三谷徹氏をお招きし、7月20日新宿キャンパス アーバンテックホールにおいて開催されました。開催当日は台風による悪天候にも拘わらず、本学建築学部及び他大学からの学生をはじめ、建築に関わるプロの方々など社会人の方々も多数の来場をいただきました。
三谷氏は、東京大学大学院で建築学修士修了後、渡米。ハーバード大学ではランドスケープアーキテクチャーへの道に進まれました。卒業後は日米のデザインオフィスの勤務を経て、大学で教鞭を執ると共にオンサイト計画設計事務所とともに設計活動を展開されています。「風の丘」「テレビ朝日屋上庭園」「島根県立古代出雲歴史博物館の庭」など多数のすばらしい作品がございます。
今回の講演では、「場のデザイン」をテーマとして、「森をつくる」「庭をつくる」という2つの括りで、最近の作品をベースにした内容で語られました。「YKKセンターパーク200年の森」「奥多摩森林セラピー」「銀座スウォッチ本社ビル」「柏の葉キャンパスシティ」の4つの作品の画像を見ながら、構想から完成までの道のり、デザインのこだわりや苦心したことなどを織り交ぜ、大変実践的で奥の深いレクチャーとなりました。
その後の質疑応答も活気に満ちた雰囲気の中、学生、専門家の方々から多くの質問が寄せられ、会場の三谷氏のレクチャーへの興味の深さが伺われ、大変有意義な2時間となりました。
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開催日時 | 2011年7月20日(水) 18:00~※終了しました |
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会場 | 工学院大学新宿キャンパス 3階 アーバンテックホール(アクセスマップはこちら) | ||||||||||||
講演テーマ | 「場のデザイン」 | ||||||||||||
講演者 | 三谷 徹
Toru Mitani (ランドスケープアーキテクト・オンサイト計画設計事務所主宰・千葉大学教授) ![]() -プロフィール -
-主な作品 -
-主な著書 -
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ナビゲーター | 篠沢 健太 Kenta Shinozawa(工学院大学建築学部まちづくり学科准教授) |
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お問合せ先 |
工学院大学 建築学部開設記念講演会事務局 電話番号:03-3340-0140 メール:infokenchiku●cc.kogakuin.ac.jp(●を@に直して送信してください) |

ランドスケープと「場のデザイン」
日本でもやっとランドスケープアーキテクトの立ち位置が世の中に認められるようになってきたと思っている。この講演では「場のデザイン」の一手法として、「森をつくる」と「庭をつくる」のふたつをテーマに、最近のプロジェクトを紹介していきたいと思う。
森をつくる(1)ー場への仕掛けー
YKK 黒部「100年の森」(YKK黒部事業所 建築設計:大野秀敏+ 吉田明弘/APLdw)は、黒部川沿いの平野に散在する工場群を一つの風景へと形づくっていくランドスケープ計画である。昭和30年代に作られた工場が生産ラインの縮小とともに取り壊されつつある。工場の一部は近代産業遺産として保存される一方、敷地全体の計画については厳密な時期が読めない。将来への「布石」として、主要な建築群に囲まれた「ルーム」(余地)と40~50年かけて育てる「森」のコンセプトをマスタープランに導入した。新たに空地が発生する場所に「ルーム」を繰り返し配置しつづけ、同時にその周囲に「森」を育成する長期的な計画を進めている。
場を読み解く
このルームと森を構成する要素は、土壌基盤となるアースワークである。黒部川の扇状地であるこの場所には伏流水が流れ、敷地の地下水位は高くどこを掘っても水が滲み出す。森の生長基盤を確保するため、水はけを考慮すると自然と畝型やマウンド型の土の造形が生み出されることになる。これをデザインボキャブラリーとして扱った。森の初期段階はまさに畑仕事の感覚。まっすぐな畝の平行線に苗木が植えられる風景や、マーブルチョコのような丸いマウンド、既存樹を保存した塚状の土地が、伏流水を流す水路の排水勾配と関係しながら配置され、水辺植物から照葉樹まで多様な樹種構成を実現する。水路は夏に涼しく、冬には湯気を生み出す景観の軸にもなっている。こうした空地や水路がここでは「地」ではなく「図」となっている。
緑地の植生管理は、YKKの社員や、退職された方々、地域住民により育まれ、苗木が成長してルームが顕在化するころには生物多様な森が土地や企業への愛着をもって形作られることになるだろう。
森をつくる(2)ー価値の見直しー
奥多摩町森林セラピーロード香りの道「登計トレイル」は2005~2010年に計画設計施工を行った、森林セラピー専用の約2kmの歩行者道である。要所要所には休憩施設(セラピーステーション)が配置されており、セラピストによるプログラムが行われる。元々はスギ・ヒノキ植林地、しかも経済的に価値の劣る北向き斜面で、これをどう価値づけるかが課題だった。また敷地の傾斜は45度以上にもなる場所があるのに、トレイルの勾配は10%以下という制約もあり、ルート選定は容易ではなかった。
デザインを成り立たせる「丁寧な」仕上げ
プロジェクタ全体を「森のリビングルーム」づくりと考え、地形が「部屋」、建造物を「家具」へと読み替えた。その際の問題は、擁壁や手すりなどをどうデザインするか?である。重機の入れない山中では、「森林土木」の標準工法の応用が有効と考え、結果的にはこうした土木工法を「丁寧に」行うことでデザインの質を向上させた。通常の玉石積みの擁壁も石の粒径を揃えて積めば、建築と一体になる美しい壁となり、目地やボルトのディテールに配慮すれば、林内の木柵土留めも家具になる。二段積みの木杭土留は、林床植物を観賞するレイズドベッドに読み替えられた。これらの「丁寧な仕上げ」を施工担当者に理解してもらうことが重要な局面であった。
森の中に張り出したデッキでは、デッキ上部だけでなく下からの眺めに留意した。主役である針葉樹林の垂直性を際立たせることを考え、構造も通常のような束柱ではなく、斜材が主体のトラス組みとした。
ランドスケープデザインでいつも問題になるのが手すりの存在感。地盤のレベル差を調整してできるだけ手すりを無くすようにしたが、背後の木立が透けて見えるデザイン上の工夫も行った。一方で園路を整備せずに、手すりだけをわざと設置した谷あいの道も整備した。
間伐材を並べるだけの浮遊感のあるベンチや、木造のコの字型パーゴラ、薪ストーブのある休憩小屋などは、すべて杉の林や山を主人公と考えてデザインした。
庭をつくる(1)ー集合住宅とランドスケープー
柏の葉キャンパスシティ147街区(建築設計:團紀彦、光井純)は2003年から取り組んでいるプロジェクト。まちのシルエットや空間の「軸」を強く生み出そうとするマスタープランに対し、意図的に軸を乱すようにランドスケープを計画している。集合住宅のまわりが画一的な「外構」になってしまわないように、各住戸のプライベートな感じが外部に滲み出していくようなつくりを心がけた。この考え方が最も生かされたのが、共用施設群「コモン」(建築設計:竹山聖)における設計である。
機能的な施設としての「緑段」
キャンパスシティのランドスケープの中心は「緑段」と呼ばれる立体的な植栽基盤。植栽の生育を維持するための透水性や保水・浸透機能を有しており、駐輪場、設備機器などを内包するアースワークを形成する。形態は構築的でありながら、それは「初期値」であり、ビオトープや菜園などは庭としての利用・運営され、そのなかで表情が変化していくことを期待している。
とくに住棟のエントランス周辺では、必ず緑の層を通って各住棟に入るように、「緑段」の配置と設計内容に気を配った。個々の住戸の入口にもホビーガーデン、キッチンガーデンなど、「使うニワ」としての機能を配置して、表に開くよう工夫した。ランドスケープのなかに配置された、さまざまなデザイナー、アーティストの作品が、ランドスケープデザインと呼応しつつ、生活・活動する人々の姿を生き生きとさせている。
庭をつくる(2)ー都市緑化における「みどり」ー
ニコラスGハイエクセンター(設計:坂茂)の壁面緑化では都市の中の垂直な緑の壁の設計を担当した。もともと建築の壁面緑化は、都市開発の「免罪符」と受け取られる気がしてあまり好きではなかった。しかし、高価な時計が飾られるガラスのショーケースと並ぶ植物の壁面は、人に他者の存在を感じさせる「庭」になったと思っている。植栽の背面には隙間が空いており、この緑の奥の隙間が、通風と照明に効果的だった。またこの壁面にはスイスの山の岩肌から水が滲み出すことをイメージした滝を設け、庭の感覚を支える。岩肌の表面は、滲みだした水流のパタンが一様にならないよう微妙に傷がつけてある。水流が描き出した模様がJapanese calligraphyのようだ、とSwatchの会長に評価されたことは嬉しかった。
会場からの質疑と討論
「縁段」や「ルーム」など、象徴的な言葉がデザインプロセスを決定してゆく印象を受けるが?
一つのボキャブラリを発見しそれに言葉を与える効果は大きいと感じている。言葉の記号性の大切さ、解決策を支えうるボキャブラリの発見には、設計プロセスを強化し、またコミュニケーションを託せる可能性がある。
東日本大震災について?
震災直後から、防災一色の土木的復興計画には違和感を持っていた。百年に一度の防災も大事だが、百年間の日常はもっと大事。ランドスケープは変わらなくて良いと思う。基本的には、なるべく、長年の日常の智恵が集積していた、もとの街、もとの風景を取り戻すべきと考える。
「中景」の扱い方に特徴を感じたが?
たしかに自分の設計では、ゾーニング的な空間構成は避けている。ランドスケープの特質はディテールが作りだす肌理や素材感が、大きな風景スケールに直結することだと思う。建築のスケール感とどう差異化するかは、いつもテーマである。