建築学部開設記念レクチャーシリーズ

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建築学部開設記念 レクチャーシリーズ 6
No.17 トム・ヘネガン氏 講演会
「Precedent and Invention: The Architecture of James Stirling」

工学院大学では、2011年4月の「建築学部」開設以来、一流のプロフェッショナルにお話しいただくレクチャーシリーズを開催しています。
第17回はトム・ヘネガン氏をお迎えします。
参加費無料でどなたでもご来場いただけます。奮ってご参加ください。

第17回建築学部開設記念レクチャーシリーズ トム・ヘネガン
開催日時

2015年7月24日(金) 18:30~20:30(開場18:00)※終了しました

講演テーマ 「Precedent and Invention: The Architecture of James Stirling」
会場 工学院大学新宿キャンパス 3階 アーバンテックホール(アクセスマップはこちら
定員 250名(事前申込による先着順)
入場料 無料
講演者
トム・ヘネガン

Tom Heneghan (建築家・東京芸術大学教授)

Tom Heneghan

- プロフィール -

1951年イギリス・ロンドン生まれ
1975年AAスクール卒業
1990年アーキテクチャー・ファクトリー主宰
2002年シドニー大学 建築・デザイン・都市計画 建築学部長
2009年東京芸術大学教授

- 主な作品 -

熊本県草地畜産研究所(1990年)、灰塚湖畔の森バンガロー(1995年)、滑川ほたるいかミュージアム(1995年)、フォレストパークあだたら(1995年)

- 主な受賞 -

日本建築学会賞(1994年)、中部建築賞正賞(1998年)、福島建築文化賞(2000年)、日本公共建築賞(2002年)

- 著作など -

グレンマーカットの建築(TOTO出版)、シンキングドローイング/ワーキングドローイング(TOTO出版)、A+U 537 特集ジェイムズ・スターリング―形態のもつ意味(新建築社)

ナビゲーター
澤岡 清秀

Kiyohide Sawaoka(工学院大学建築学部建築デザイン学科教授)

主催
工学院大学
お問合せ先
工学院大学 建築学部開設記念講演会事務局
電話番号:03-3340-0140
メール:infokenchiku●cc.kogakuin.ac.jp(●を@に直して送信してください)

summary

 2015年7月24日工学院大学建築学部レクチャーシリーズ第17回として「先例と創造:ジェームズ・スターリングの建築」と題するトム・ヘネガン(建築家・東京藝大教授)の講演が行われた。ヘネガン教授はまずこの話はすべて自分自身の自由な推測に基づくと前置きして、スターリングの創造の源となった先例について独自の解釈を語った。

第1部 リバプールとレスター大学工学部棟

 グラスゴー生まれのスターリングは、船舶技師の父のもとグラスゴーの造船所やクレーンを身近に見て育った。リバプール大学進学後はリバプールの港湾地区(ドック)の建築群を好んで何度も訪れていた。それらを設計したジェス・ハートリーはさまざまな歴史的様式を縦横に使い分ける折衷的なデザイナーで、スターリングに大きな影響を与えた。また家具・インテリアのデザイナー、トマス・ホープにも強い影響を受けた。
 戦後の多くの若者同様、スターリングも社会の変革を求める「怒れる若者たち」の一人だった。その意味でレスター大学工学部棟は挑戦的な建物だった。赤いレンガは、ロシア革命を象徴するリシツキーの「赤いクサビ」のように、伝統の破壊を意図していた。その形態の先例はロシア構成主義メルニコフのルサコブ・クラブだと言われているが、むしろタバコ・パビリオンの影響が強いと思う。実習棟のノコギリ屋根のように工場的形態を用いながら、建物がいかに「モダン」であるか、つまり機能的であるかを素晴らしいドローイングの数々で表現している。

第2部 シュトゥットガルト州立美術館

 歴史的な旧美術館の増築であるこの美術館の中に散りばめられた、さまざまな形態の先例はどこにあるのか?
 長い斜路はおそらくパレストリーナのフォルチュア神殿、左右対称の形態に非対称のエントランスはシャンディガール議事堂、中庭を囲む外壁のエジプト式コーニスはラティエンスとサン・イグナチオ広場、キャノピーはロシア構成主義、エレベータは炭鉱用のもの、排気筒はポンピドーセンター、石の円筒はピラネージとレストーメル城、音楽学校はワイセンホーフ・ジードルングのル・コルビュジェではないかと推測される。
 スターリングがコーニスなど古典的形態を参照したことを批判する論調があるが、歴史的な旧館と新館の連続性を表現したかったに過ぎないと考える。彼が範としたシンケルのアルテス・ムゼウムがコロネード外壁に文化史上の重要出来事を壁画で描いて建物の目的を表現したことに倣って、スターリングも建築史上の重要出来事を外部で表現したかったのだろう。
 ゲートに立つ細長いポーティコの先例は、あらゆる建築の起源とされる「プリミティブ・ハット」だろう。平面図上でこのポーティコを中心として中央中庭と同じ半径の円弧を描くと、エントランスのガラス曲面にぴったり沿うことに気づく。また、トスカナ式柱頭や三角形のブラケットには、リバプール・ドックのジェス・ハートリーの影響が見てとれる。

第3部 テート美術館クロア・ギャラリー

 スターリングは、敷地周辺ピムリコ地区の黄色いレンガ、旧陸軍病院ロッジの赤いレンガ、テート旧館白い石の3色をこの建物に取り入れ、旧館とロッジの間に立って両者を仲立ちし、バランスさせようとしている。
 ファサードで目を引く白い石のグリッドは、アスプルンドのイエテボリ裁判所増築棟を思わせるが、イエテボリとの決定的な違いは、柱梁の構造体と無関係であり、出角にさえ合わせていないこと。むしろ第一次大戦時英国戦艦の「ダズル迷彩」のように、建物全体の形態を偽装しようとしていたのではないか。
 旧館側壁に対面するエントランス・ファサードに見られるルネット窓の先例は、ニューゲート監獄、ルドゥーやブーレーといわれるが、実はラティエンスの住宅「ディーナリー・ガーデン」に同じ窓が見られる。前庭の円形ステップ、パーゴラ、長方形水盤も、すべてこの住宅に先例がある。白いグリッドは、「トレリス」(蔓植物を支える格子状の棚)だと彼は説明したが、それはこの建物を「庭園建築」にしたかったことの表れだ。つまり、テート旧館建物のギリシャ古典様式に対して、完璧な英国式前庭を設け、このギャラリーが英国美術のためにあることを表現したかったと考えられる。
 シュトゥットガルト州立美術館において3km離れたワイセンホーフ・ジードルングと関係づけていたことを想起して周囲を見渡すと、わずか500m先にラティエンス設計の集合住宅があった。そこには、なんとあの「グリッド」の見事な先例があったのだった……。
 ヘネガン教授は2時間半に及ぶ講演で、スターリングの創作の源を追跡して果断に仮説と検証を繰り返した。あたかも推理小説の謎解きのようなスリリングな展開に聴衆は強い感銘を受けた。